依頼があったのは4月はじめ、文系の1浪目の生徒で場所も私の家の近くということでした。ところが話をよく聞いてみると、その家は彼女のお婆さんの家で生徒さんは枚方から通ってくるということでした。それはさすがに手間がかかるでしょうからそちらまで伺いましょうか、というとこちらで結構ですとのこと、あまり深入りしてはと思いそれ以上は言いませんでした。
高校は大阪でも有名な公立高校でしたが、予備校が大手ではなく地元の予備校、どうやらそれを心配したお婆さんが家庭教師を頼んだというのが真相のようでした。中小の予備校となるとキメが細かいという長所もありますが、人数的な関係上クラス編成が能力別にしっかり分けることができないので、数学の弱い文系の生徒には授業が合わなくて苦労してしまうことも往々にしてあります。案の定、彼女も合わなかったみたいで、はじめは予備校のフォローを行っていたのですが、だんだん基礎演習をこちらで独自でやっていくようになっていきました。まずは4ステップから始め、実力強化問題集をしっかり押さえていきました。ただ、目標校が京都の法学部、すべきことはたくさんあります。入試が近づくにつれ、彼女はお婆さんの家に泊まり込むようになり、予備校もそこそこにがんばっていたそうです。
ただ、どうしても数学が弱く、特に応用的な問題になると切り口がつかめずに解けないことがよくありました。で、基本的・典型的なパターンの習得に重点を置き、あとセンター対策にも時間を割いてやっていきました。
センター試験はよくできました。滑り止めの私立もそう多く考える必要もなくなり、後は京都目指して一直線です。ところがそのとき彼女から衝撃的な一言が。実は通っていた予備校では英語がセンター対策しかやっていなくて、二次対策、特に京都の対策はほぼゼロ状態とのこと。これにはお先真っ暗になりました。京都では受験科目が4教科なので、1教科ぐらいは失敗しても何とかなります。でもさすがに2教科失敗するとどうにもなりません。文系の生徒さんなので数学を何とかお荷物にならないようにしてあとは文系教科で戦えば何とかなると踏んでいたのでこれは大きな痛手でした。二次試験まであと1ヵ月強、いまさら英語で家庭教師をつけても時間的に無理だなと判断して、とりあえず英文解釈教室を読んで構文解析だけできるようにがんばれと伝え、あとは数学の失点をなるべく少なくするようにするしかありません。
ところが、過去問演習となるとなかなか解けません。東京出版の過去問集では問題ごとに難易度を示してくれているのですが、最も易しいAランクのしかも目標時間10分の問題が自力で解ける限度、Bランクになるとなかなか歯が立ちません。こちらは暗澹たる気持ちでしたが、こうなれば過去問の中でも基本問題ばかり集めてそれを解き、あと答案作成で失点の出ないように指導していくしかありません。彼女は必死にがんばっていました。本当に二次試験のときは内心祈るような気持でした。
がんばりが天に通じたのか、その年は数学が非常に簡単でした。そして見事合格しました。本人だけでなくおばあさんの電話の喜ぶ声。あれは忘れられません。どのご家庭でもそうかもしれませんが、受験となると一家あげて総力戦になります。おじいさんが車で送り迎え、おばあさんが食事その他身の回り一切を取り仕切り、大変だったと思います。合格して本当によかったです。
それから数ヶ月後、おばあさんから連絡がありました。実は今、成績開示が送られてきて、見ると英語はしんどかったけど数学が満点を取ったとのことでした。さすがに満点とはびっくりしました。これは無理せず基礎を固め、あたりまえのことを順序立ててしっかり書くことがいかに大切かを改めて教えてくれました。
そしてそのあとに一言。「うちは受験を控えた孫があと3人いますので。」順番にすべて担当していくことになりました。そして本人はその後公務員試験を経て、官僚としてがんばっているそうです。